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▼  今年のハロウィン [返信] [引用]
みずほ   ++ ..2022/10/29(土) 18:56 [432]
  なんと今年は雨だった。
模様が悪いことは何度もあったし、中止になったことも何度かあったが、今年の中止は殊の外こたえた。
「……神父さま…寝られそう……?」
居候が申し訳なさそうに聞いた。
「もちろん。カラフルで楽しいよ」
神父は、いつものように朗らかに、それを見る者聞く者を安心させる笑顔を浮かべて言った。
「…ごめんなさい……」
その笑顔が心からのものと分かっているだけに、居候はますますしゅんとしてしまった。
「謝ることなど何もないよ。面白いじゃないか。子どもたちに知られたら、羨ましがられること請け合いだと思わないかい?」
神父はそう言ってくれたが、居候にはそうは思えなかった。ハロウィン用の、かぼちゃのランタンに囲まれて眠る、なんてことに。

「今日の議題は『今年のハロウィンで配るお菓子について』」
そう言う居候の手元には、小ぶりなかぼちゃとナイフがあった。
つましく運営しているので、この教会には神父しかいなかった。
もっと信徒の多い街などでは、ハウスキーパーがいたり、新人神父がいたりシスターがいたりすることもあったが、ここでは足りない人手と善意の信徒たちの手助けによって回していた。
「はい」
手を挙げたのは、神父でも信徒でもなく、居候の元同僚だった。
「はい、イライジャ君」
わざわざ持ってきた日曜学校用の黒板を前に居候は言った。
「どうして僕はここに?」
同じくイライジャと呼ばれた青年の手元にも、中身をくりぬいたかぼちゃと小刀があった。
「歳は取りたくないね、イライジャ君。たった今言っただろう? 今日の議題は『今年のハロウィンで配るお菓子について』だと」
「歳で言えばあんたの方が上だろう!」
「まぁまぁまぁ」

[433] Re:今年のハロウィン
みずほ   ++ ..2022/10/29(土) 18:56
 
「怒ると美容と健康に良くないよ」
なだめてるんだかあおってるんだか分からない仲裁もどきをして、残る二人は言った。いいコンビなのは、地獄でも煉獄でも変わらなかった。彼らは中身をくりぬいたかぼちゃに、目と口をくりぬく作業にいそしんでいた。
「確かに。なんの集まりかは分かったが、どうしてこの面子に招集がかかったのか気になるね」
割って入ったのは、落ち着いた老齢の紳士の声だった。
「……どこから現れるんですか」
「言っても無駄だよ、イライジャ」
「そう、ここは『わたしの家』だからね」
老紳士は、当たり前のように譲られた椅子に、いとも優雅に腰かけた。ここが田舎の小さな教会だということを、一瞬忘れさせる出来事だった。
発起人の居候は肩をすくめるだけだし、眷属の2人は笑うばかりなので、イライジャも、それ以上追求するのはやめにした。もともと、新旧魔王とその眷属が小なりといえど神の家に集うているのがそもそも常識はずれなことだからだった。
「暇だからですよ」
居候は老紳士の質問にそう答えた。2人のつけた目口に、厳しい目を向けながら。
「暇じゃない!」
「確かに」
「ハロウィン当日まではやることもないしな〜」
いきり立つイライジャとは裏腹に、二人は顔を見合わせて納得した。
「なぁ、もちろん無料ってことはないだろ?」
「善意のボランティアにも交通費くらいはあっていいハズ」
2人の意見ももっともだったので、居候は立ち上がり、重々しくソレを持ってきた。
「今季最大のかぼちゃで作ったランタンと、その中身だ」
かぼちゃはスノーマンの頭ほどもあり、中身はパイに化けていた。
「わたしの分はあるかね?」
「今お湯を沸かしています」
「そんなもので丸め込まれるな!」
イライジャは怒るが、眷属2人はさっそく巨大かぼちゃをかぶって大喜びだった。
「それにしても……すごい眺めだねぇ」
教会はランタンにする小ぶりなかぼちゃで埋め尽くされているようだった。

[434] Re:今年のハロウィン
みずほ   ++ ..2022/10/29(土) 18:57
 
ランタンの形をしているだけで、本当に灯をともしている訳ではないし、まだ明るいので物量以外は素っ気ない眺めだったが、これが夜で灯りをともしていたら、さぞかし幻想的な光景になるだろうと思われた。
「エリックが分けてくれました。あちらでも用意していたんですが、余りそうだからと」
いつもは地元農家からの厚意の農作物でこしらえるお菓子だけだったが、たまにはこういうのも、子どもたちが喜ぶんじゃないかな、と神父が言ったのが始まりだった。神父の何気ないその言葉が、居候に火を点けたのだった。
「それで君が?」
居候はうなずいた。
「全部手作業でこれを?」
居候は手を休めずにうなずいた。
「すべてのランタンと、かぼちゃのパイに祝福を」
退いたりといえど元魔王の能力を使えば、かぼちゃの中身をくりぬいてランタンにするなど一瞬だった。しかし居候はそうはしなかった。この教会に集う人間と同じようにかぼちゃを抱え、ナイフをふるってランタン作りにいそしんでいた。人ならぬ能力を使うことなど、考えもしないように。
老紳士は、お湯が沸くのを待たずに去っていった。かぼちゃのパイはホールで受け取りながら。
「わたしがいると邪魔になるだろうからね。君たちの手作りにも祝福を」
そう言って、老紳士は、イライジャに苦虫を噛み潰したような顔をさせながら。

こうして、街中の子どもたちに行き渡るに充分なランタンは、ハロウィン前に出来上がったのだった。二度とかぼちゃなんか見たくないという、あわれな魔王のつぶやきを残して。
婦人会の人たちはもちろん手伝いを申し出ていたが、誰もが仕事や家政に忙しい、一手に引き受けた居候はどうにか間に合わすことが出来て安堵した。この時期忙しい他の聖職者には頼めない仕事だった。なんだかんだ言って手伝ってくれた3人には、あとでまた充分な礼をしようと居候は思った。相手がその礼を喜ぶかは――――特に新魔王は――――ともかくとして。
結局お菓子のアイデアは出なかったので、無難なところでパウンドケーキになった。切り分けて、透明の袋に入れて、かぼちゃ色に黒い猫の模様のついたリボンで口を縛るのだ。そちらのほうは、婦人会の面々に手伝ってもらった。
神父もとても喜んでくれて、今年のハロウィンは一味違ったものになるはずだった。季節外れの、雷雨が来るまでは。

[435] Re:今年のハロウィン
みずほ   ++ ..2022/10/29(土) 18:57
 
雷は、厚いカーテンの向こうからでもはっきり分かるほどだった。
雷光に遅れまいとするように、すぐさま耳をろうする雷鳴がそれに続いた。
居候は雷が鳴っても気にならなかったし、神父も街に被害が出やしないかのほうを気にしていた。
傘など役に立ちそうもない風雨は、自分の声すら聞こえないほどだった。
今年のハロウィンは中止となった。楽しみにしていた子どもたちには、後日改めて秋まつりをひらくということで手を打った。まだ何も決まっていなかったので、天気が収まり次第、計画を立ち上げねばならなかった。だがそれよりも問題となったのは、教会に置かれた、大量のランタンだった。明日は大事なミサがある。
「仕方ない。居住部分に運ぼう」
「……入る、かな?」
外に出られる天気ではないので、倉庫に運ぶことは出来なかった。ハロウィンは中止になってしまったが、後で配ることも考えられるので、ランタンを駄目にする訳にはいかなかった。
「入れるなんだよ」
神父は茶目っ気たっぷりに笑った。
それから2人で、せっせとランタンをありあう箱に入れ、あるいはむき出しのまま、神父の寝室や書斎、厨房やバスルームにまで積んでいった。どうにか収めることが出来た時には、この街の子どもたちの数が、居住部分に収まるランタンで済んだことを神に感謝したいくらいだった。しかし。

「神父さま、大丈夫……?」
「大丈夫に決まっているよ」
ありとあらゆる場所にランタンを避難させた結果、寝る場所がなくなった居候はなんと、神父の寝台にお邪魔することになったのだった。もちろん神父の申し出だった。寝床なんてなくてもどうってこのない居候は、なんなら屋根裏だってどうってことはないのだったが、神父にそんなことを言う訳にはいかなかったし、言ったところで神父が承知する訳はなかった。
「神父さま、やっぱり……」
「これ以上離れたら、君のほうが落ちてしまうよ」
やましいことは何もないのだが、だからこそ居候は落ち着かなかった。色めいた企みが何もないのに人間の男と同衾するなんて、もしかしたら初めてかもしれなかった。
「ランタンに囲まれて寝るなんてそうあることじゃない、面白いよ。寝ている間や、明日朝起きた時に、うっかりつぶしたりないといいんだが……」

[436] Re:今年のハロウィン
みずほ   ++ ..2022/10/29(土) 18:58
 
体格のいい神父にとっては、そちらの方が心配のようだった。
「つぶれたら、それもまた作り変えるから大丈夫」
「それなら安心だね」
狭い寝台の上で交わされる会話は、ひどい雷雨にも関わらず、心穏やかなものだった。
やがて神父の静かな寝息が聞こえてくると、居候もつきあって目を閉じた。このほうが考え事がしやすいからだった。
明日は何をしよう? まずは教会の建物に被害がないか確認して、軽微なもの以外はこっそり治してしまおう。それから、街のほうも。木の倒れる音がしたから、民家に被害が出ていないようならそれはそのままにしておこう。まったく被害がないのもおかしまものだから。でも命はどうにもならない。それをどうにか出来るのは、あの老紳士だけだから。
どうかこの街の誰もが、うるさい雷雨で寝不足になる以上の被害にあいませんようにと思いながら、居候も眠りについた。



何故か毎年この時期になると神父さまと居候のハロウィン話が書きたくなるという。
今年はどんな話にしようかな?お菓子はカボチャ物だよね、やっぱり。でもそれじゃ変わり映えしないかなぁ、さすがに。とか悩んでいたら、突然ほろっと浮かんできたのがこの話でした。これなら絶対過去作とかち合っていないハズ!だってハロウィンなのにお菓子配ってない話なんて書いてない!ということで(笑)。お口に合うと良いのですが。



▼  みんなで一緒に。 [返信] [引用]
みずほ   ++ ..2020/06/06(土) 18:24 [430]
  「……おや?」
「……寝て、ますね」
「そのようだな」
籠を持ったアラゴルンと、マントを持ったエオメルは、気持ちよさそうに寝こけているホビットたちを見降ろしていた。
アラゴルンは昼食の後の軽いお茶にと焼き菓子と少し早い果物を、一度はローハンに戻ったものの、所用あってミナス・ティリスを訪れたエオメルは、ホビットたちに挨拶をしに来たのだった。
「起こすのは忍びないですね」
「そうだな、こんなによく眠っているものを」
すべてが片付き平和が訪れ、療病院を出てからも、ホビットはひとかたまりになってよく寝ていた。それだけそれまでの旅の過酷さがしのばれ、見咎めたりその眠りを妨げる者はいなかった。それだけのことホビットはしてのけたのだった。



エアムーパラには程遠いですが、とりあえず心意気!ということでひとつ。
彼の人達の同窓会の話を聞いたので。続きはぼちぼちと。
久しぶりなので、おかしなところがないか心配。

[431] Re:みんなで一緒に。
みずほ   ++ ..2020/06/10(水) 18:12
 
「あら」
「これは……」
ホビット達の姿を求めて、次にやって来たのはアラミアとエオウィンだった。
エオメルとともにローハンに帰国したエオウィンだったが、エオメル同様ミナス・ティリスへの思い止み難く、また、毎日のようにやって来る、主にファラミアからの手紙攻勢に辟易した周囲が、此度の大戦における年若き兄妹へのごほうびというのではないけれど、荒れた国元の整備は、心得た年長者たちに任せ、心のままに過ごせと送り出されたのだった。
いずれゴンドールに住むことが確実視されているエオウィンは大人気なので――――あのおそろしい怪物を、小さき人ともども一刀のもとに切り捨てた逸話を知らぬ者はなかった――――ゴンドーリアンの愛してやまないファラミアとともに歩こうものなら、誰もが手を止め挨拶し、暗い時代の後にやって来た黎明のような若き恋人たちを祝福のまなざしで見守っていた。
「小さき人達はともかく陛下までおやすみとは……」
「兄までこのような……」
そう言ってエオウィンは、足先で優雅にエオメルをつついてみた。だが、アラゴルンとともにホビットを守護するような恰好のまま寝入っているエオメル達は、まったく起きる様子を見せなかった。



▼  チョコレートとバレンタイン [返信] [引用]
みずほ   ++ ..2020/02/12(水) 18:15 [424]
  そういうわけで、クロウリーはカスタードクリームを作っていた。
カスタードクリームにしろパイ生地にしろ、指を鳴らせばあっという間に用意出来るのに、何故かクロウリーは人間のようにボウルを抱え、泡だて器を持っていた。黒い服を着たままなので、胸や袖に白い斑点が散っていた。
(エプロンをするべきだったか……)
いつだったかアジラフェルがしていたのを見たことがあった。古書店の整理をしているところにアナセマが訪ねて来て、そういう時にはこういうものをするものだと、後日アダム達から連名でプレゼントされたのだと言っていた。もちろんその中には、『おそろいです。一緒に使ってね』というありがたいメッセージつきで、クロウリーの分も入っていた。そういえばアレは、どこへしまったのだろうか?
そう考えながらもクロウリーの手は動き続け、時々は出来具合を確認し、味見もしてみた。あまりよく分からなかったが。



なかなか書けないのですが、バレンタインまでにとか思っていたので背水のなんとかでのっけてみます。
明後日までに出来ますように!初心者なので、おかしなところがありましたら、教えていただけると幸いです。

[425] Re:チョコレートとバレンタイン
みずほ   ++ ..2020/02/14(金) 18:11
 
「花を見ている男性が多いと思ったら、今日はバレンタインディなんだね」
クロウリーにはアジラフェルの言っている言葉の意味が分からなかった。
「……なんだそれは?」
「知らないの!?」
悪魔なのに!?と心底驚かれたが、知らないものは知らなかった。正直に聞いたのだから、教えて欲しかった。
「バレンタインディだよ……元は違うけど、現代では好意を持っている人に花やチョコレートをプレゼントする……本当に、知らない、ん、だよね?」
アジラフェルは天使らしく確認してきた。騙すのが生業の悪魔だからと警戒するのっ無理はない。何しろ混じり気なしの天使なのだから。
確かちょっと前に、バレンタインがらみで何かあったと記憶しているが、それがどうして好意を持つ者同士がどうとかいう話になっているのかについては、皆目見当がつかなかった。
「そういう日があるんだ。互いの好意を、贈り物によって確認し合う日だね」
「バースディやクリスマスや記念日じゃ飽き足らないってのか?」
「うーん、そうとも言えるかもしれないねぇ」
苦笑いしながらアジラフェルは言った。



やっぱりバレンタインまでは無理でした。
書き始める時は、たいてい行けそうな気がするんですけどねぇ(笑)。

[426] Re:チョコレートとバレンタイン
みずほ   ++ ..2020/02/16(日) 17:39
 
「物質主義の人間の考えそうなこったが、なんだってチョコレートなんだ?」
クロウリーは至極もっとも疑問を、いつものベンチの隣に座るアジラフェルに投げかけた。どうやら『このことに関しては、食がらみの為か、相手の方が詳しそうだったので。
「うーん、どうしてだろうねぇ。もとは高級品だから? それとも……」
手の中のアイスクリームに視線を当て、アジラフェルは言い淀んだ。
「どうした?」
アイスクリームが溶けちまうぞとクロウリーが指摘してもアジラフェルは黙ったままだった。クロウリーは仕方なくアジラフェルのアイスクリームを補強し、ついでにどちらにしようか悩んでいたストロベリーのアイスクリームを、バニラの上に追加しておいた。バレンタインディのレクチャーに対する、ちょっとしたお返しとして。
アジラフェルはちらりとクロウリーを見やった。
クロウリーはピンと来た。
ちょっと眠そうな目を瞬かせているアジラフェルというのは、自分の口からは言いにくいので、クロウリーが助け舟を出してくれないだろうかと期待している時だった。
そこまでは分かったが、生憎と何をしてほしいかが分からない。
バレンタインディとやらはどうも、クロウリーの手に余る代物のようだった。


バレンタインが終わってしまったので、かえって気楽に書けるような?
最後までちゃんと、書けるとよいのですが。

[427] Re:チョコレートとバレンタイン
みずほ   ++ ..2020/02/20(木) 18:07
 
アジラフェルの考えはこうだった。
チョコレートといえば代表的なスイーツだ。そして、恋人のことをあまくとろけるような存在という意味で、スイートとかスイーティとか呼びかけることがあるのも知っていた。誰かをそんな風に、呼んだことはなかったが。
それにかけているんじゃないかと推察されるが、それをクローリーに告げるのははばかられた。どうしてそう判断したのかについては、まったく明文化出来なかったが。
だからアジラフェルは違うことを口にした。
「チョコレートと言えば」
アジラフェルが話をそらしたがっていることは、クロウリーでなくとも分かった。
いつもならそのままにはしあいクロウリーだったが、今日は乗った。何をどう追求すればいいのか、分からなかったからだった。
「以前食べたチョコレートパイはおいしかったね」
「ああ、あの店のか?」
アジラフェルは頷いた。
「あれほどおいしいチョコレートは、他にはないよ。店がなくなってしまって、残念だった……」
「空襲に合っちゃな」
「カスタードも絶品だった」
「そうだったな」
よく土産にしていたクロウリーは、アジラフェルよりもその店のことを知っていた。後を継ぐんだと言っていた息子のことも、その幼馴染みの少女も、気のいい主人夫婦のことも。悪魔は記憶力がいいのだ。
「また食べられたらなぁ」
アジラフェルは笑みを浮かべてそう言った。

[428] Re:チョコレートとバレンタイン
みずほ   ++ ..2020/02/25(火) 17:58
 
そんな訳で、クロウリーはせっせとカスタードクリームを作っているのだった。
アジラフェルが好きだと言った、あの店の味を再現するために。
アジラフェルはおいしいものを食べるのが好きだ。おいしいものはともかく、おいしい店はすぐに姿を消してしまう。彼らよりも長く生きていく作り手がいないからだった。
スシはある、牡蠣もある、クレープだってあった。だがそれを作っていた人間はもういない。同じものを作っても、同じ味にはならなかった。
クロウリーもアジラフェルにつきあって飲んだり食べたりはしていたが、正直食べ物の味についてはよく分からなかった。温かいとか味が濃いとかそういったことは分かったが、今食べているものがおいしくて、また食べたいとはさほど思わない。飲み物も、嫌いではないが、二度との飲めなくても別に、困ることも悲しむこともない。けれど、おいしいと言って食べるアジラフェルを見るのは好きだった。
(こんなもんか?)
クロウリーは泡だて器の手応えで出来具合を判断した。
味見はしない。してもどうせよく分からない。アジラフェルがおいしいと判断するかどうかだけが気になった。こればかりは、食べさせてみないことには始まらない。一応作り方を見て、テレビやネットでも確認したが、誰が味見をしても意味がない。
(さて、オーブンを温めるとするか)
甘い匂いは、耐え難いくらいになっていた。

[429] Re:チョコレートとバレンタイン
みずほ   ++ ..2020/03/14(土) 18:18
 
「すごくおいしいよ、クロウリー!」
アジラフェルはクロウリーが再現したカスタードパイと、ついでに作ってみたチョコレ―トパイを喜んでくれた。何も言わないで差し出したが、店で買ったような箱に入っていたらから、クロウリー作とは気付かないようだった。
どこの店のものだとか、今度連れて行って欲しいとか言われたらどうしたものかと算段しながら飲むコーヒーは格別の味だった。
「懐かしいなぁ。あの店の味によく似てるよ」
「そりゃ良かった」
本当に良かった。そのために、何度も味見をしたのだから。
記憶はしていた。いつのだって、どんなことだって。だがその再現となると話は違う。美味い不味いに重きを置かないクローリーにとって、あのほんわかした味を再現するのはかなり難しかった。今はもうない店の、繁盛していた頃の味を。
奇跡でそれを再現出来るとは思わなかった。
「思い出すなぁ」
アジラフェルのカップが空になったのに気付いたクローリーは、席を立たなくてもおかわりできるよう、ポットにたっぷり入れて、しっかりしたティーコゼーを被せておいたお茶を注いだ。
「何をだ?」
他にも食べたい店があったのかと思ってクローリーが聞くと、アジラフェルは幸福そうに笑って言った。
「意中の相手とあの店のチョコレートパイを食べると恋が叶うって言われてたんだよ」
知ってたかい、クローリー? と尋ねるアジラフェルの笑顔に、他意などないと信じたい。コーヒーを噴きそうになったクローリーは、心からそう思った。



なんとかホワイトデーに終わりました!!やった!
なんと今年は雪のホワイトデーになっておりますが、恋人たちには関係ないか。
終わり方としてどうかとか、この話面白いのだろうかとか、脂汗垂らしそうな疑問は多々ありますが、なんとかエンドマークを付けることが出来てホッとしております。読んでくださった方、ありがとうございます!!

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▼  クリスマスおめでとう! [返信] [引用]
みずほ   ++ ..2019/12/23(月) 17:52 [421]
  その日は帰りが一緒になった。
それが偶然でも何でもない事を知っているのは仕掛けた当人だけだったが、その日も2人は仕掛け人の流れるような手際により、夕食を一緒にというところまで話は進んでいた。
一歩外に出れば、街はすっかりクリスマスムード一色だった。
「ふわっ……すっげえな。いつの間に……」
思わずそんな風に感想を漏らしてしまったのは、外仕事がない時期なので古巣を手伝っているうちに12月になっていたベンジーだった。
「そういえば12月だね」
一部では寒暖の差を感じないのではないかとまことしやかに噂されているイーサンだったが、さすがに最低限のTPOくらいはわきまえているので――――本当は必要ないのだが、まわりが「見ているだけで寒いから何か着て!」と叫ぶので――――世間一般の常識に合わせたコートを着ていた。実はベンジーの見立てであることは、ごくわずかな関係者しか知らないことだったが。
「もうクリスマスかぁ」
イルミネーションから零れ落ちる光をすくい取るようなしぐさをするベンジーを横目で見ながら、イーサンは当社比さりげなく尋ねた。
「クリスマスは何か予定があるの、ベンジー?」
もちろんIMF内部でそんなことをする者はいない。イーサンが、芽という芽をつぶしているからだった。
「うーん、ちょっとうまいものくらいは食べたいなぁ。クリスマス・プティングが食べたいなんて贅沢は言わないから」
ベンジーは現状を率直に語った。ということは。
「だったら……」
「うん?」
どこの店にするか物色していたベンジーは、秘密めかして言葉を濁したイーサンの方を向いた。
「覚悟しておいた方がいいよ」
「へ?」
案の定イーサンの口からは、思いもよらない言葉が飛び出して来た。

[422] Re:クリスマスおめでとう!
みずほ   ++ ..2019/12/23(月) 17:53
 
「君は知らないかもしれないけど、クリスマスに本部で仕事をしているフィールドエージェントは、プレゼントを用意しなくちゃならないんだ」
「へ?」
イーサンは謀の匂いなど微塵もさせなかった。
「知らない?クリスマスなのに仕事だなんてあんまりだろう?」
イーサンのその意見にはベンジーも賛成だった。
「出張中なら、そんなこと考えている暇はないから忘れて……というか、そんなに思い出さないでいられるけど、本社にいたらそうはいかない、だろ?」
そんな世間話のようなことを言っていても、イーサンはチャーミング極まりないなとベンジーは見惚れそうになった。何しろ伝来のファンなもので。
「だよなぁ……まわりはクリスマス一色だもんな」
今だってそうだし、とあたりを見渡しながらベンジーは言った。暮れの風が急に身に染みるようだった。クリスマスさえなければ、ただの冬の一日に過ぎないというのに。
「そこで先達は考えた訳だ。せめて、わびしくないクレスマスを過ごす方法を」
「え?何それ?そんないいアイデアがあるのか?」
ベンジーは目を輝かせていたし、イーサンはそんなベンジーの瞳を覗き込んでいた。傍から見ればそれが、どんな風に受け止めらそうなものか、考えてはいなかった。
「ああ。クリスマスに本社で仕事をしている独り身の職員によるプレゼント交換という方法でね」
「――――プレゼント交換?」
それは確か、友達とのクリスマスパーティでやったことがあるような?子供の頃や、大人になってからも何回か、と、ベンジーの顔には書いてあった。イーサンはここぞとばかり言い募った。
「悪くない考えだと思わない?プレゼント物色という理由があれば、クリスマスショッピングも出来るし、当日の気晴らしにもなる。あちこちで盛り上がってるイベントに、自分も参加してるんだって安心感もあるし」

[423] Re:クリスマスおめでとう!
みずほ   ++ ..2019/12/23(月) 17:53
 
「はぁ……なるほどねぇ……」
半信半疑そうなベンジーに、イーサンは駄目押しの一言を添えた。
「クリスマスに、誰かと約束がないなら夕食でもどう?なんならクリスマス・プティングも作るけど?」
「イーサンなら、クリスマスを一緒に過ごす相手の1人や2人や3人はいるんじゃないの?」
「誰もいないし、僕も1人しかないよ」
でもイーサンならかけもちも有りじゃないのか……などとぶつぶつ言っているベンジーの手を、イーサンは芝居がかって取ってみせた。
「なんならクリスマス・プティングも作るよベンジー」
「イーサンが?クリスマス・プティング作れるの?」
ベンジーは笑いながら言った。
「これから勉強する」
片手をあげ、厳かに宣言するイーサンに、ベンジーはますます笑った。
「それじゃあ、クリスマスまでに一緒に過ごしたい恋人が現れなかったらそうしよう、イーサン」
その可能性はなかった。目の前の人のカテゴリが、変わらない限りは。
しかしベンジーは、クリスマス当日までに仕事が入るか、イーサンに誰か現れて気が変わるかするんじゃないかと思っていることが明々白々だった。
それでもイーサンはめげなかった。
「それじゃ予約ね、ベンジー?」
「ああ。ブラントには俺から言っておくから」
「……ブラン、ト?」
あまりにも思いがけないことを言われると、人はこんな風に呆然としてしまうのだということをイーサンは学んだ。ベンジーといると、そういうことがよくあった。
「ルーサーには、悪いけどイーサンから声掛けてみてもらっていいかな?」
イーサンの方が、連絡ありそうだからと言うベンジーは、まったく気にした様子はなかった。
ということはつまり。
「……ブラントと、ルーサーも一緒に、って、こ、となのかな、ベンジー?」
「ああ!」
当然だろう?とでも言うように笑顔でうなずかれてしまっては、イーサンになすすべはなかった。



「美味い!まぁったくブラントもルーサーもこんな美味いもんが食えないなんてなぁ」
「予定があるんだからしようがないよ」
「ガールフレンドとかかな?っかーいいなぁ、あいつら!」
「どうかな。意外と仕事かもよ」
「言えてる!」
『は?クリスマスに食事?あいにく馬に蹴れれる趣味はないんでね』そう言われて断られたことは。
「次は何を頼もうか、ベンジー?」
ベンジーにはまだ内緒だった。



やっと終わったー!
本当はこの人達以外の話もやって、Web拍手ありがとう小話を変えられたらなぁと思ってたんですが無理でした。
原稿に取りかか前にこれだけでも!と思っていた小話が、せめてクリスマスに間に合ってよかったです。どなた様もよいクリスマスを!

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▼  たったひとつの冒険 [返信] [引用]
みずほ   ++ ..2019/11/20(水) 17:36 [418]
  「向こうに行ったら、ごきげんな仲間を集めておくよ」
日の当たる部屋の寝椅子に横になっていたハリデーは、「もしもあの世ってものがあるとしたら」と前置きしてから言った。
「ゲームの?」
持ち込んだコンピュータに向かっていたモローは――――もちろん横になっているハリデーの視線が自分に注がれていることにはとっくに気付いていた――――笑ってそう答えた。
「他の何を集めるっていうんだい?ああでも絶対にやらないものならある」
「当ててみようか?」
最近コンピュータを使う時にだけかけるようになった眼鏡をはずしながらモローは言った。
『会社!』
同時に発声された単語は寸分たがわず同じで、分かっていながら二人は笑った。声をたてて。
「安心した」
「うん?」
「それならそっちに行くのに退屈する心配をせずにすみそうだ」
口淋しい訳でもないのにくわえた眼鏡の蔓についての感想を聞く必要はなかった。ハリデーが手を伸ばしていたからだった。伸ばされた手に誘われて、居所を移すと抱きしめられた。




『レディ・プレイヤー1』のハリデーとオグです。
ちょこっと思いついたので。そんなに長くはならない…といいなぁ。
テーマ曲は渡辺美里氏の『My Love Your Love』でひとつ。

[419] Re:たったひとつの冒険
みずほ   ++ ..2019/11/22(金) 17:35
 
「なぁ、ジム」
抱擁と、それからしばらくの間続いたちょっとした接触が終わるとモローは言った。ずっと考えていたことだった。いつかは言わなくてはならないことだった。でも、あまり気乗りはしなかった。それでも言わなくてはならないのは確かなことで。そしてそれをジェームズ・ハリデーに申し出ることが出来る多分、この世でオグデン・モローただ一人だった。
「君が……、どうしてもそうしたいっていうなら……」
しかしそれを口にするには、相当な勇気がいった。拒まれたらどうしようという恐怖からだった。
「お供してもいいと思っているんだけ……ぶふっ」
それ以上何かを口にする前にモローの口はハリデーによって塞がれた。
「お願いしたくなるからそれ以上言っちゃ駄目だ、オグ」
ハリデーの顔は真剣そのもので、それでいて目は笑っていた。日の光を受けているからだけではなく、それはそれは、嬉しそうにきらめいていた。
「……駄目かな?」
「駄目もダメ」
モローはハリデーの手を握っていった。どれだけ考えた末のことなのかは、その手が震えていることから、ハリデーにもよく分かった。
「駄目に決まってるよ、心配性のオグ」
ハリデーは笑ってそう言った。


以前出した『レディ・プレイヤー1』の本の、番外編みたいな話なんですが、説明してませんでしたね。晩年、ハリデーとモロー和解してて、一緒にイースターエッグの仕掛けをやっているという設定です。

[420] Re:たったひとつの冒険
みずほ   ++ ..2019/11/25(月) 12:53
 
「この冒険は僕の冒険だ。だから君は君の番が来た時にゲームを開始するのがいいよ」
「……君がいてくれると思うと心強いけど……」
「他にもいるだろう?」
共通の知り合いの中にも、先に行っている者はいたが、二人が言っているのはその誰でもなかった。袂を分かつ原因のひとつになったその人の名前を口にすることはなかったが。
「うん……」
そう答えるとモローは、穏やかに微笑むハリデーの髪を撫でた。
「それに君にはこっちでの任務がある」
「任務?……ああ、そうかエッグハンティングか」
「そう。見届けてもらわないと。僕にはそれは分からない」
「そう……だね」
「土産話を楽しみにしているよ、オグデン・モロー。こんなことは、君にしか頼めない」
「了解。わがままな親友のお願いとあらば」
かがみ込んでモローは言った。
「聞かない訳にはいかないからね」
ハリデーは笑った。夢中でゲームに打ち興じた、子供の頃のように。



おつきあいありがとうございました。
ふと一緒に逝ってもいいかなと思ったオグが思い浮かびまして。
この時限りのことかもしれませんが、気が弱ることはあると思って。
エッグハントが終わって、勝者たちとのつきあいも楽しいものになって欲しいですが、いなくなった人については、どうしようもないでしょうから。







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