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No.432 への返信フォームです。

今年のハロウィン  ..みずほ 

  なんと今年は雨だった。
模様が悪いことは何度もあったし、中止になったことも何度かあったが、今年の中止は殊の外こたえた。
「……神父さま…寝られそう……?」
居候が申し訳なさそうに聞いた。
「もちろん。カラフルで楽しいよ」
神父は、いつものように朗らかに、それを見る者聞く者を安心させる笑顔を浮かべて言った。
「…ごめんなさい……」
その笑顔が心からのものと分かっているだけに、居候はますますしゅんとしてしまった。
「謝ることなど何もないよ。面白いじゃないか。子どもたちに知られたら、羨ましがられること請け合いだと思わないかい?」
神父はそう言ってくれたが、居候にはそうは思えなかった。ハロウィン用の、かぼちゃのランタンに囲まれて眠る、なんてことに。

「今日の議題は『今年のハロウィンで配るお菓子について』」
そう言う居候の手元には、小ぶりなかぼちゃとナイフがあった。
つましく運営しているので、この教会には神父しかいなかった。
もっと信徒の多い街などでは、ハウスキーパーがいたり、新人神父がいたりシスターがいたりすることもあったが、ここでは足りない人手と善意の信徒たちの手助けによって回していた。
「はい」
手を挙げたのは、神父でも信徒でもなく、居候の元同僚だった。
「はい、イライジャ君」
わざわざ持ってきた日曜学校用の黒板を前に居候は言った。
「どうして僕はここに?」
同じくイライジャと呼ばれた青年の手元にも、中身をくりぬいたかぼちゃと小刀があった。
「歳は取りたくないね、イライジャ君。たった今言っただろう? 今日の議題は『今年のハロウィンで配るお菓子について』だと」
「歳で言えばあんたの方が上だろう!」
「まぁまぁまぁ」
..2022/10/29(土) 18:56  No.432
 
Re:今年のハロウィン  ..みずほ 

  「怒ると美容と健康に良くないよ」
なだめてるんだかあおってるんだか分からない仲裁もどきをして、残る二人は言った。いいコンビなのは、地獄でも煉獄でも変わらなかった。彼らは中身をくりぬいたかぼちゃに、目と口をくりぬく作業にいそしんでいた。
「確かに。なんの集まりかは分かったが、どうしてこの面子に招集がかかったのか気になるね」
割って入ったのは、落ち着いた老齢の紳士の声だった。
「……どこから現れるんですか」
「言っても無駄だよ、イライジャ」
「そう、ここは『わたしの家』だからね」
老紳士は、当たり前のように譲られた椅子に、いとも優雅に腰かけた。ここが田舎の小さな教会だということを、一瞬忘れさせる出来事だった。
発起人の居候は肩をすくめるだけだし、眷属の2人は笑うばかりなので、イライジャも、それ以上追求するのはやめにした。もともと、新旧魔王とその眷属が小なりといえど神の家に集うているのがそもそも常識はずれなことだからだった。
「暇だからですよ」
居候は老紳士の質問にそう答えた。2人のつけた目口に、厳しい目を向けながら。
「暇じゃない!」
「確かに」
「ハロウィン当日まではやることもないしな〜」
いきり立つイライジャとは裏腹に、二人は顔を見合わせて納得した。
「なぁ、もちろん無料ってことはないだろ?」
「善意のボランティアにも交通費くらいはあっていいハズ」
2人の意見ももっともだったので、居候は立ち上がり、重々しくソレを持ってきた。
「今季最大のかぼちゃで作ったランタンと、その中身だ」
かぼちゃはスノーマンの頭ほどもあり、中身はパイに化けていた。
「わたしの分はあるかね?」
「今お湯を沸かしています」
「そんなもので丸め込まれるな!」
イライジャは怒るが、眷属2人はさっそく巨大かぼちゃをかぶって大喜びだった。
「それにしても……すごい眺めだねぇ」
教会はランタンにする小ぶりなかぼちゃで埋め尽くされているようだった。
..2022/10/29(土) 18:56  No.433
 
Re:今年のハロウィン  ..みずほ 

  ランタンの形をしているだけで、本当に灯をともしている訳ではないし、まだ明るいので物量以外は素っ気ない眺めだったが、これが夜で灯りをともしていたら、さぞかし幻想的な光景になるだろうと思われた。
「エリックが分けてくれました。あちらでも用意していたんですが、余りそうだからと」
いつもは地元農家からの厚意の農作物でこしらえるお菓子だけだったが、たまにはこういうのも、子どもたちが喜ぶんじゃないかな、と神父が言ったのが始まりだった。神父の何気ないその言葉が、居候に火を点けたのだった。
「それで君が?」
居候はうなずいた。
「全部手作業でこれを?」
居候は手を休めずにうなずいた。
「すべてのランタンと、かぼちゃのパイに祝福を」
退いたりといえど元魔王の能力を使えば、かぼちゃの中身をくりぬいてランタンにするなど一瞬だった。しかし居候はそうはしなかった。この教会に集う人間と同じようにかぼちゃを抱え、ナイフをふるってランタン作りにいそしんでいた。人ならぬ能力を使うことなど、考えもしないように。
老紳士は、お湯が沸くのを待たずに去っていった。かぼちゃのパイはホールで受け取りながら。
「わたしがいると邪魔になるだろうからね。君たちの手作りにも祝福を」
そう言って、老紳士は、イライジャに苦虫を噛み潰したような顔をさせながら。

こうして、街中の子どもたちに行き渡るに充分なランタンは、ハロウィン前に出来上がったのだった。二度とかぼちゃなんか見たくないという、あわれな魔王のつぶやきを残して。
婦人会の人たちはもちろん手伝いを申し出ていたが、誰もが仕事や家政に忙しい、一手に引き受けた居候はどうにか間に合わすことが出来て安堵した。この時期忙しい他の聖職者には頼めない仕事だった。なんだかんだ言って手伝ってくれた3人には、あとでまた充分な礼をしようと居候は思った。相手がその礼を喜ぶかは――――特に新魔王は――――ともかくとして。
結局お菓子のアイデアは出なかったので、無難なところでパウンドケーキになった。切り分けて、透明の袋に入れて、かぼちゃ色に黒い猫の模様のついたリボンで口を縛るのだ。そちらのほうは、婦人会の面々に手伝ってもらった。
神父もとても喜んでくれて、今年のハロウィンは一味違ったものになるはずだった。季節外れの、雷雨が来るまでは。
..2022/10/29(土) 18:57  No.434
 
Re:今年のハロウィン  ..みずほ 

  雷は、厚いカーテンの向こうからでもはっきり分かるほどだった。
雷光に遅れまいとするように、すぐさま耳をろうする雷鳴がそれに続いた。
居候は雷が鳴っても気にならなかったし、神父も街に被害が出やしないかのほうを気にしていた。
傘など役に立ちそうもない風雨は、自分の声すら聞こえないほどだった。
今年のハロウィンは中止となった。楽しみにしていた子どもたちには、後日改めて秋まつりをひらくということで手を打った。まだ何も決まっていなかったので、天気が収まり次第、計画を立ち上げねばならなかった。だがそれよりも問題となったのは、教会に置かれた、大量のランタンだった。明日は大事なミサがある。
「仕方ない。居住部分に運ぼう」
「……入る、かな?」
外に出られる天気ではないので、倉庫に運ぶことは出来なかった。ハロウィンは中止になってしまったが、後で配ることも考えられるので、ランタンを駄目にする訳にはいかなかった。
「入れるなんだよ」
神父は茶目っ気たっぷりに笑った。
それから2人で、せっせとランタンをありあう箱に入れ、あるいはむき出しのまま、神父の寝室や書斎、厨房やバスルームにまで積んでいった。どうにか収めることが出来た時には、この街の子どもたちの数が、居住部分に収まるランタンで済んだことを神に感謝したいくらいだった。しかし。

「神父さま、大丈夫……?」
「大丈夫に決まっているよ」
ありとあらゆる場所にランタンを避難させた結果、寝る場所がなくなった居候はなんと、神父の寝台にお邪魔することになったのだった。もちろん神父の申し出だった。寝床なんてなくてもどうってこのない居候は、なんなら屋根裏だってどうってことはないのだったが、神父にそんなことを言う訳にはいかなかったし、言ったところで神父が承知する訳はなかった。
「神父さま、やっぱり……」
「これ以上離れたら、君のほうが落ちてしまうよ」
やましいことは何もないのだが、だからこそ居候は落ち着かなかった。色めいた企みが何もないのに人間の男と同衾するなんて、もしかしたら初めてかもしれなかった。
「ランタンに囲まれて寝るなんてそうあることじゃない、面白いよ。寝ている間や、明日朝起きた時に、うっかりつぶしたりないといいんだが……」
..2022/10/29(土) 18:57  No.435
 
Re:今年のハロウィン  ..みずほ 

  体格のいい神父にとっては、そちらの方が心配のようだった。
「つぶれたら、それもまた作り変えるから大丈夫」
「それなら安心だね」
狭い寝台の上で交わされる会話は、ひどい雷雨にも関わらず、心穏やかなものだった。
やがて神父の静かな寝息が聞こえてくると、居候もつきあって目を閉じた。このほうが考え事がしやすいからだった。
明日は何をしよう? まずは教会の建物に被害がないか確認して、軽微なもの以外はこっそり治してしまおう。それから、街のほうも。木の倒れる音がしたから、民家に被害が出ていないようならそれはそのままにしておこう。まったく被害がないのもおかしまものだから。でも命はどうにもならない。それをどうにか出来るのは、あの老紳士だけだから。
どうかこの街の誰もが、うるさい雷雨で寝不足になる以上の被害にあいませんようにと思いながら、居候も眠りについた。



何故か毎年この時期になると神父さまと居候のハロウィン話が書きたくなるという。
今年はどんな話にしようかな?お菓子はカボチャ物だよね、やっぱり。でもそれじゃ変わり映えしないかなぁ、さすがに。とか悩んでいたら、突然ほろっと浮かんできたのがこの話でした。これなら絶対過去作とかち合っていないハズ!だってハロウィンなのにお菓子配ってない話なんて書いてない!ということで(笑)。お口に合うと良いのですが。
..2022/10/29(土) 18:58  No.436



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