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WEB拍手過去ログ

デザイン豊富なレンタル掲示板全19種類・日記全9種類!

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  2008/8/21(木)
  14. 間違え、た。   
 
 
 毎度お騒がせ裏熊野街道。(マンネリ)
 お騒がせが枕詞になるだけあって、その騒がしさたるや、いっそ戦でもしてた方がまだ楽なんじゃねーのかと約一名が真剣に考えてしまう程のものである。
 ツレは起こさなければ起き上がりもしないようなナマケモノの癖に、乾季に草原に火を放つとかそういうロクでもないことには自分から嬉々として行動起こす、役に立たないならまだしもはっきりと有害な男。連日遊びに来る幼馴染はノリと勢いだけは高水準だが知能も知性も知恵も足りない巻き込み型のトラブルメーカー。その幼馴染のツレは真っ当な人物だが、機嫌を損ねると一番怖いのも困るのもこの幼馴染のツレで。
 と言うわけで有川将臣はお騒がせな状況に疲弊していた。
 日も高い、『まっさおっみくーーん!』がいつ何時響いてもおかしくない時刻に宿でうっかり転寝してしまう程度には。

 ゆらゆらと身体を揺すられる感覚は、その揺れがゆったりしたものであるが故に揺らし手の意図とは真逆の効果を将臣に齎した。腕に抱いた赤子をゆらゆらと揺らして、母親は眠りへと誘う。ゆったりとしたその揺れは将臣を覚醒へとは導かず、心地よいまどろみの中へと更に誘う。
「将臣殿、お休みのところ申し訳ないのですけど、起きて頂戴。ねぇ、将臣殿?」
 ゆらゆらと、繊手に揺らされて将臣の身体が揺れる。んーと寝言でいい加減な返事をした将臣は腕を枕にごろりと声と手に向けて寝返りを打った。無意識の要請にだろう、手が一瞬ぴたりと止まる。
「もう……お疲れなのは存じておりますが、いい加減に目を覚まして下さい。望美と知盛殿では、私一人の手には余ってしまうわ」
「あ〜〜……」
 心底困ったようなその声に、眠りの淵にありながら将臣の意識は反応した。その声だからこそ、反応した。
「あ〜……起きる、起きっから……引っ張って、くれ」
「もう……」
 ぐいっと、将臣の手が引かれる。しかし女の力では男の、しかも大柄な脱力しきった男の身体を持ち上げる事は叶わない。重さを持て余し、するりと将臣の手から女の指の感触が流れて離れそうになる。
 それを半覚醒状態の将臣は認めなかった。無意識に意識して、認めたくなかった。
 離れる前に手首を掴み取り、そして感情のままに引き寄せる。
「起きる、から。起きるまで、ここで俺を、起こして、くれ、よ」
 引き寄せた女の身体を腕の中に抱きこんで、将臣はそう言った。



「まあ……ごめんなさいお邪魔のようね。それじゃ望美、私は知盛殿に食事を取らせてしまうから、将臣殿を宜しくね」
「いやちょ……朔、待とうよ! 宜しくされても困るし! ってか絶対間違えてるから、間違えてるだけだからお邪魔とかじゃないから!」
「恥ずかしがらずともいいでしょう?」
「いやほんとに違うからってか起きろ将臣君、おーきーろー!!!」
 夢うつつで聞こえた会話に、将臣はばちりと目を見開いた。まどろみどころではない事態が起きている。確実に。
 そうしてその瞬間に、腕の中の小骨が刺さりそうな何かを見て、将臣はゲッと、実に素直な悲鳴を上げた。
 そして視界の端には立ち去るしなやかな後姿。



「さ、朔、朔ってばー!!!!」
「待て起きた! 起きたし何か誤解があるから待て!」



 声の主は目当ての女でも、揺らしていた手は別人のそれで。
 そうして幸せな誤解上等のまどろみの果てに手に入れたのは、上等などと絶対に思えない、とんでもない誤解。



「間違え、た」
「将臣君のたこー!!!!!」
 めでたくなしめでたくなし。

漣々二十題
No.68



  2008/7/23(水)
  13. 退屈の満ちる部屋   
 
 
 目覚めた、と言うその事実を、朔は直ぐに理解することができなかった。
 ただ目覚めた時、常にそうするように傍らに手を付き身を起こす――ことが叶わない事に気付き、朔はそこで漸く覚醒した。
 起こそうと腕にかけた負荷から、痛みが脳天へと響く。
「っ……!」
 覚悟のない突然の痛みに、朔は悲鳴を上げる事さえ出来ず歯を食い縛った。痛みが朔に傷の存在を思い知らせ、そして傷を負うに至ったその経緯をも様々と思い出させた。
 それが現実だと、思い知らせるような痛み。それは身体の痛みか、或いは。
 そろりと視線を落とせば、白い単の下にきつく布が巻きつけられているのが分かる。そこにある傷に付加を与えぬ為だろう、衣片敷は腰から下にのみかけられている。肩から胸の間を通った、一文字の傷。それを朔に刻んだのは――
「……のぞ、み……」
 血の気の引いた朔の唇から、その名は意味を持たぬ音のように、ただ転がり落ちた。

「さて何から、説明して差し上げようか」
 己の声を追って、歌うような男の声が朔の鼓膜を刺激する。首を動かせば鈍痛が響き、声の主を確認することは叶わなかった。だが、その声には聞き覚えがあった。記憶にある最後の声は、多分これだろう。最後の記憶は、暗く堕ち行く意識の端で聴覚が捉えた、この声での、嘲笑。
 朔は沈黙した。何からと問われても、何を問うべきかも分からない。死んだと、そう思っていたが、痛みを感じ思考も可能である以上は生きているのだろう。だがどうして生き延びたのかはわからない。意識を失った後に、己の身がどうなったのかも分からない。そして何故、この声が聞こえてくるのかも。
「何、流れてきたのでな。拾わせて貰ったまでのこと」
 見透かしたように、声が告げる。朔は眉を顰めた。流れた――そう、海に落ちたのだ。斬りつけられ、刃から本能的に後ずさり、そして力を失った身体は立っていることも叶わずに船べりから、海へと。
「何処かと言う問いなら……さて、何処、かな。この地にどんな名があるのかは、俺も知らん。ただ、南だ」
 みなみ。と、朔は鸚鵡返しのように呟いた。クックと喉の奥で押し殺したような笑い声が響き、それを収めたその『声』は再び一方的に朔に情報を与え出した。
「神子殿の乱心のおかげで無事に落ち延びさせて貰った。その後どうなったかまでは、はきとは分からん。ふ……総大将の腕が落ち、弓使いが事切れたまでは、俺もこの目で確かめさせて貰ったが、な」
 朔は小さく目を見張った。それにまた、笑い声が落ちる。朔の視界には入らないが、声の主は朔をしかと眺めているらしい。
「そして御身だけが、どういうわけか我らに掬い上げられた、と。これ以上は、俺とて何を知るわけでもないからな。教えてもやれぬが?」
 何某か、言はおありか?
 訪ねてくる声は、あくまで笑いを含んでいる。
 朔は急激に組み上げられていく『事実』に、くらりとめまいを覚えた。

 連れて行ってと、望美は言った。
 そうしてその刃を、それまでの味方に対して振るった。一番近くに居た朔が真っ先に斬りつけられ、そして海に落ちた。その身を、この『声』が拾い上げた、らしい。
 名も分からぬ南の地。落ち延びた。何を知るわけでもない。――そしてこの、声。

「平、知盛……なのですか、あなたは」
 呆然とした呟きに、笑い混じりの肯定が帰った。



 そう、と。ただそうとだけ呟いて、朔は目を閉じた。九死に一生を得たこの尼僧が梶原の姫であり、黒龍の神子だと言うことは、有川将臣からの情報で知盛も弁えている。だからこそ、手当てを命じ己の房にわざわざ置いた。
 こちらに迎合したその瞬間に、白い龍の神子は知盛にとっての価値を喪失した。己が陣営を男に迷って裏切り、刃を振るっての手土産まで作るようなそんな雌になどどんな価値があろうか。
 そしてその無価値な神子に、更に無価値と斬り捨てられた女。だからこそ、生かして見たかった。嬲る為に。
 だからその静穏なほどの沈黙は、知盛の予想と大きく外れた。もっと絶望を、もっと動揺を。揺らぎ乱れる感情を露呈するはずだろう。
「何某か、思うところはおありではないのか?」
 焦れて問いかけると、朔はゆっくりと瞼を押し上げた。
「何も。ご存知でしょう。我が兄もまた、一度仕える先を変えているのです。何を言えるというのです? そのようなものを懐に入れていたと、それだけの話でしょう。その時点で既に私たちは負けていたのです」
「詰りは、されぬと?」
「今更。己が目の曇りを更に声高に言い触れて回るようなもの。生憎と私の矜持はそこまで低くはありません」
「俺が誑かしたとも、言われぬか?」
「誑かされるような者であったと、言う、それだけの…………」

 こと。
 そう続くのだろう、恐らくは。しかしそれは声にはならなかった。ぼろりと、大粒の涙が朔の瞳から零れ落ちる。嗚咽を漏らすでなく、ただ涙だけが女の頬を濡らす。

 抑えた感情が、それでも溢れて涙として零れ落ちているのだろう。


 静謐な、静穏な、激情。
 なんと――高雅か。


「ならば御身も誑かされて見ては、如何か……?」
「嬲るつもりで私を拾い上げたのでしょう? 誑かすも何もないのではなくて?」
「く……聡いな。その通りだが、俺の気も少しは変わる。嬲るなら、誑かした後にしてやろうよ」
「……何が言いたいのです?」
「御身の目に映る俺の価値によっては、誑かされた者への想いも変わろう。誑かされるようなその程度の、から、誑かされても無理はないと、そう思えるかも知れぬだろう……?」
「偉く図々しい物言いね。それほど自信がおありなのですか」
「少なくとも、価値なら白龍の神子殿を凌いで差し上げようよ……?」


 ん? と促されても朔は答えなかった。流れる涙を拭う事もせず、再び目を閉じた。疲れたのだろう。



 嬲る為の花の価値が鮮やかに変わった。
 その花の咲いた部屋の価値もまた、ただの退屈を押し込めた場所から、鮮やかに変わる。

 この高い矜持の花にとっての己の価値もまた、鮮やかに変えてやりたいものだと、眠る女の顔を眺めて知盛はほくそえんだ。

漣々二十題
No.67



  2008/5/9(金)
  12. 絡めた小指に   
 
 
 通りのいい九郎義経の声だけが、その場に許された音だった。
 極稀にではあるが、陣中で開かれる軍義の最中、総大将の説明中。それは暗黙の了解であり、許されたとしても誰もわざわざ物音を立てて注目など浴びたくは無かろう。
 梶原朔は無論のこと、その対たる春日望美も、心中は知れたものではないが表だけは神妙に大人しく九郎の説明を聞いている。

 口など開けない。九郎の説明が終わっても、軍義そのものが何らかの決着を見なければ、沈黙は守られねばならない。それは朔が懇々と望美に言い聞かせた事柄だった。戦事に、朔も望美も決して明るいとは言えない。何かにつけて素人が玄人の舞台に上がろうとしても、上がる前に躓いて恥をかいた上に舞台上の玄人にも迷惑をかける。それが目に見えているのだから、余計な差し出口を挟んではいけないのだ、と。
 望美はつまらなそうな顔をしていたが、内容は聞き分けた。
 だから。

 声など上げてはいけないし、振り払うなどして衆目を集めるわけにも行かない。


 膝の上におかれた朔の指を、男の手がゆっくりと辿っている。手首から手の甲にかけてを、指の腹で円を描きながら進み、指にたどり着く。本数を数えるように指の線を一本一本なぞり、爪もまた数を数えるように撫でられた。


 朔の手に突如狼藉を働きだした赤毛の青少年は、射殺さんばかりの朔の睨みにも一切動じない。朔が騒げない事を弁えている狼藉者――ヒノエは、睨みに微笑を返した。


 するりと袖を潜って腕を撫でる。人差し指で間接からそれこそ人差し指までをつっと撫で、戻っては指を足す。最初は人差し指で、次は人差し指と中指で。指が五本になるまで繰り返し、そして不埒な手は朔の掌へと作業場を移す。熱く汗ばみ始めた指を、今度は掌側から指先で辿り掌に円を描く。
 そして手の甲に戻り、ついにというように、ゆっくりと、指が、指の間を割った。付け根から指先までを絡んだ指が幾度も愛撫する。



 九郎の声が途切れて周囲から人が居なくなってしまうまで。
 拘束された指は準えるような愛撫から逃れられない。



「なんのつもりです?」
 当然といえば当然の事ながら。音が許される状況に戻れば朔が大人しく手への狼藉を許している筈が無い。とっととヒノエから手を取り返した朔は、場合によってはこれに物を言わせると帯に挟んだ鉄扇に手を置きながらヒノエに問いかけた。
「何って、そうだな」
 未だ体温の温みと汗の湿り気を感じる己の手を、ヒノエはすっと朔の眼前に翳す。そしてこれ見よがしに手を引き寄せ、舌を這わせた。つい先ごろまで、朔の指と絡まっていた自分自身の指に。
「今日のところは予行練習。次は指だけじゃなく、ね?」


 くどいほどに愛撫を繰り返して、そして絡みあって。



 朔が鉄扇に物を言わせたことなど一々言うまでも無い。

漣々二十題
No.66



  2008/5/8(木)
  11. 荒野で君を見失った   
 
 
 碁盤目に区切られた都に、いっせいに薄紅の花が咲く。肌寒くも感じられる外気を、暖色の花が暖める。錯覚に過ぎずとも、その色に春の訪れを思わぬものは無い。
 薄紅に霞む視界に、つい目を奪われてしまうのは何も花に浮かれているばかりではないのだろう。
 源九郎義経は舞い落ちる花びらに向かって強めに息を吐き出す。ふわりと軌道を変えた花に、自然と頬は綻んだ。
 この区画のように。そこにとりあえずはと付いてはいても、きちりと物事は収まった。源氏内での九郎の立ち居地は確と固まり、誰憚ることなく京に腰を落ち着ける事が出来る。戦は一先ず終わり、神子までもを必要とした世界そのものの軋みも修正された。
 そして――
「…………っ」
 傍らに目をやり、九郎は一瞬にして凍りついた。
 そこには舞い散る花びらの数枚を身に受けながらはんなりと微笑む美しい人がいる筈だった。だが、そこには温んだ空気と花びらの残像があるばかりで、望む佳人の姿はどこにもない。

 揺らぐ視界と足元に、自嘲さえ追いつかない。何たる醜態と己を嘲笑う余裕など、何処にも残らない。

「朔殿!?」

 躊躇いも無く、九郎は佳人の名を叫んだ。



「はい?」
「は……?」
「どうなさいました? 九郎殿?」
 余りにもあっさりと返って来た返答に、九郎は目を瞬かせた。
 何を見ているのかも理解し難い様子で、矢鱈滅多ら瞼を開閉させて佳人を見つめる。
 見慣れた色味の乏しい衣ではない、薄紅と薄紫の衣。無残に断たれていた髪は漸く肩にかかるほどにまで伸びて。変わらずその髪を馬酔木の花飾りが彩っている。淡い色の紅だけをさした、薄い武装で十分の顔。しなやかに伸びた四肢。細い指には桜が一枝抱かれている。
 正しく、春の、女。
 舞い散る花びらの中で、佳人――梶原朔の姿は酷く現実感が無い。
 そも、このひとは儚い雰囲気を持った人ではなかったか。幾度このままこのひとは消えてしまうのではとの不安を――少なくない回数だったと言うのにその一つ一つを鮮明に思い出すことが出来る――抱えたのか。
 視覚だけでは納得できず、九郎は強引に朔の身体を抱き取った。きゃあと小さく悲鳴を上げた朔は、強い力で拘束されていながらその悲鳴以上の抵抗を示さない。
「朔、どの、だな……?」
 恐る恐る名を呼ぶと、腕の中からくすくすと笑い声が零れ落ちる。
「まあ、大変だわ」
「……?」
 意味が分からず、九郎は少しばかり朔から身を離し、その顔を覗き込む。朔は笑顔で九郎を見上げた。
「私かどうかもお分かりではないのに、このようなことをなさったの?」
「あなたであることを、あなた『が』あることを確かめたかっただけだが」
「確信もなくこのような振る舞いをされたのですか? 私でなくとも、九郎殿はこの腕を伸ばされるの?」
 拗ねた物言いに、九郎の顔はぼんっと音でも立てそうな勢いで朱に染まった。
「そのような……!」
「お間違えでなくて、宜しゅう御座いました。九郎殿にも……私にも」



 見事な花に目を奪われていたところ、その花の持ち主が一枝を差し出してくれて、それで少しばかり遅れたのですと、唐突な九郎の行為ですっかり痛んでしまった枝を、朔が示す。九郎は申し訳ないと謝りつつも、とつとつと思うところを語った。



 春だというのに、何もかもがこの言祝ぎの季節を示していると言うのに、あなたを見失った刹那俺の世界は荒野に変わるのだ。
 春の最中、花に囲まれていても、あなたを見失った、ただそれだけで。



 朴訥に、だからこそ真摯で正直に語られるその言葉に、朔は頬を染めた。花と同じく薄紅のその色は、九郎の刹那の荒野の終わりを明白に示していた。

漣々二十題
No.65



  2008/5/8(木)
  10. 空っぽの封筒(小話そこから始まる逢瀬より)   
 
 
 異国からの文は、いつもどんな時でも。

 針仕事は夜の方が捗るものだが、そうするとどうしても明かりが必要になる。その程度の燃料費に困るほど困窮しているわけではなかったが、それでも無駄はよろしくないと、朔は手の空いた時間を利用して昼のうちに繕い物の類は済ませるようにしている。
「ねぇ」
 その呼びかけはすっかり耳になじんでしまった。朔は手元の作業を止めぬまま、声だけで『なあに?』と返事を返す。それに帰ってくる言葉も予想は出来ている。
「もう少し、感動とか感激とかさ。示して欲しいんだけどオレとしては」
「そうね、昼間の忙しい自分ではなくて、皆が帳幕に引き上げる頃合に来てくださったのなら、もう少し違う反応も出来たかもしれないわ」
 朔はくすくすと笑いながら、漸く顔を上げた。至近に仏頂面の青年が膝をついている。
「もう少し、優しくしてよ?」
「仕事が終わったら、ね」
 母の手を強請る幼子のような物言いに、朔の笑みは苦笑に変わる。だが青年は幼子でない証明のように、ならいいやと引き下がった。
 無論、その言葉の後に、朔の唇をくすねていく事を忘れはしなかった。

 腕の中に恋人を抱ける時間は、酷く短い。
 短くなる理由も明白で、解決策もはきとある。だが解決できない。その苛立ちを、常、青年――ヒノエは感じている。だがその短い時の間だけは、そんな苛立ちは何処かへ行ってしまう。
「ねえ、朔ちゃん」
「なあに?」
 余裕をはらんだ言葉に、ヒノエはぐっと眉を寄せた。読まれていると、分かってしまったからだ。そして読んでいながらこう切り返してくるということは、今度もまたヒノエの申し出を受けるつもりがない事を示している。
 短い時の至福をそのままに移して、薄紅に色付く肌の前に、不満は淡雪のように解けていく。こうしていつもいつも、負けるのだ。分かっていても、負ける己を止められない。
「ねぇ朔ちゃん。いい加減、オレのものになってよ」
 囁きながら、更に色付けるために細い身体を引き倒す。
 欲しい言葉は帰っては来なかったが、肌を彩る紅はその鮮やかさを増した。

 異国からの文は、いつもどんな時でも。
 香りだけを運ぶ、中身のない封筒。その香りに誘われて、ヒノエは海を越える。楽ではない船の旅を、命がけの旅を幾度も繰り返す。

「浚って行きたい」
「ねえ、ヒノエ殿?」

 私が一度でも、あなたに熊野を捨てて私達と生きて欲しいと、強請ったかしら?

 会いに来て欲しいと、言葉ではなく香りで誘って強請るくせに、こんなふうに口封じをかけてくる彼女は掻くも誇り高い。己の手と足で、この大陸の大地に生きている。

 それでも、

「浚いたいって、主張だけでもするよオレは。わがままだろうとなんだろうと、本音だからね」
「仕方のない人ね。私は浚われる気などないわ」
「会いたくても?」
 一瞬、朔は返事に詰まった。しかしその動揺を押し消して、鮮やかに微笑む。
「会いたくても」
「そっか。ならまあ、今日のところも負けといてあげるよ」
 朔を抱きかかえたまま、ヒノエは瞳を閉じた。少しばかりの抵抗をして腕から身体をあげたその愛しい女が、そっと瞼に唇を落としてくれた。

 香りだけの空の封筒で会いたいと示して誘惑していることを、否定しないのなら今日のところは負けでいい。

漣々二十題
No.64




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